東京地方裁判所 昭和46年(ワ)112号 判決 1971年12月25日
原告
滝本七郎
右代理人
高橋勇次
被告
有限会社越川運送店
右代表者
越川八重吉
右代理人
伊藤庄治
被告
森田和男
右代理人
露木章也
主文
(1) 被告らは各自原告に対し金五六万円およびこれに対する被告有限会社越川運送店において昭和四六年一月二九日から、被告森田和男において同月二一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。
(4) この判決は原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 原告
1 被告らは各自原告に対し金一七四万一三九三円およびこれに対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
との判決および仮執行の宣言を求める。
二 原告ら
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第二 原告の主張
一 (事故の発生)
原告は左の交通事故により受傷した。
1 発生日時 昭和四四年一〇月八日午前六時三〇分頃
2 発生場所 東京都江戸川区長島町八八六番地先路上
3 加害車 大型貨物自動車(足立一そ三二六五号)
右運転者 訴外神里嘉順
4 被害車 普通貨物自動車(品川四め九七四五号)
右運転者 原告
5 事故態様 原告運転の被害車が、事故現場の道路を東京方面から浦安方面に向け進行中、その進路左側の砂利道から加害車が右道路に進入し、両車が衝突した。
二 (責任原因)
被告らはそれぞれ次の理由により、ともに自賠法三条に基づき原告に生じた後記損害を賠償する義務がある。
(一) 被告有限会社越川運送店(以下単に被告会社という)被告会社は運送を業とする会社であるところ、本件事故当時加害車をその営業用に使用し、もつてこれを自己のため運行の用に供していたものである。
(二) 被告森田和男(以下被告森田という)被告森田は加害車の所有者であり、これを被告会社に貸与していたものである。
仮りに被告森田が名義上の所有者に過ぎず、実質上の所有者が被告会社であるにしても、被告会社に対し自己の名義を使用して加害車を購入、使用することを認め、自己名義で自賠責保険にも加入し、かような状態での加害車の運行を許容していた以上、被告森田はその運行につき自ら責任を負うべき地位に立つことを表明したものに他ならず、被告会社とともに加害車の運行供用者に当る。
三 (損害)
本件事故により原告は右膝部・左大腿・左足関節打撲、頭部打撲、歯牙破折等の傷害を受け、その治療のため、昭和四四年一〇月八日から同月二七日まで入院し、同月二九日から昭和四五年七月三一日まで通院した。
これにより原告の蒙つた損害額は次のとおりである。
(一) 治療費 金三二万一〇七一円
江戸川第一病院分二四万〇六五〇円、関東労災病院分四万八二二一円、水口歯科医院分三万二二〇〇円の合計である。
(二) 雑費 金三万円
(三) 休業損害 金一二三万五三二二円
原告は当時貨物自動車(被害車)を所有して、月額一五万円で定額運送契約により運送の仕事に従事し、燃料代として月額三万五〇〇〇円を要したから、月収は一一万五〇〇〇円であつたところ、右受傷のため事故翌日から昭和四五年八月三〇日までの一〇ケ月二三日間右仕事ができず、右収入を得られなかつた。よつてその休業損害は頭書金額となる。
(四) 慰藉料 金四二万五〇〇〇円
(五) 損害の填補
本件事故に基づき自賠責保険金五〇万円を受領した。
(六) 弁護士費用 金二三万円
着手金五万円を支払い、成功報酬として金一八万円の支払いを命じた。
四 (結論)
よつて原告は被告ら各自に対し、以上合計一七四万一三九三円およびこれに対する訴状送達の翌日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
五 (被告会社の抗弁に対する答弁)
被告会社の主張第二項の事実はいずれも争う。
第三 被告会社の主張
一 (原告の主張に対する答弁)
原告の主張第一項および第二項(1)の事実はいずれも認める。同第三項の事実は全て知らない。
二 (抗弁)
被告会社は次の理由で自賠法三条但書により免責される。
訴外神里は加害車を運転して、被害車進路前方左側の道路から被害車進行の道路に右折進入するに当り、一旦停止して左右の安全を確認したうえ徐行して右折しようとしたところ、原告が前方注視を怠り猛スピードで突進してきて加害車の側面に衝突したのであるから、本件事故の原因は専ら原告の過失にあり、訴外神里に過失はない。また加害車には構造上の欠陥や機能の障害もなかつた。
(二) 仮りに免責が認められないとしても、原告の右過失は大きいから、賠償額算定に当りこれを斟酌すべきである。
第四 被告森田の主張
一 原告の主張第一項の事実は認める。
二 同第二項(二)の事実は争う。
被告会社が昭和四二年頃加害車を含む貨物自動車三台を月賦購入するに際し、被告会社の信用が低く被告森田名義でないと取引できなかつたため、被告会社の懇請により被告森田はその名義を貸与したものであるが、被告森田は被告会社の経営に何ら関与しておらず、従つて加害車の運行に関して何ら支配権を持たずまたそれによる利益も享受しておらない。
三 同第三項の事実はすべて知らない。
第五 証拠関係<略>
理由
一(事故の発生)
原告主張第一項の事実はすべて当事者間に争いがない。
二(責任原因)
被告会社が加害車の運行供用者に当ることは当事者間に争いがない。
次に被告森田が加害車の運行供用者に当るか否かにつき判断する。
<証拠>によると、被告会社は貨物自動車による運送業を営み、被告森田は不動産業を営むものであるところ、被告会社は、昭和四二年頃加害車を含む貨物自動車三台を月賦で購入するに当り、三台分の頭金一〇〇万円を被告森田から借受け、また被告会社は当時信用がなかつたため被告森田の了解のもとに同被告名義でこれを購入することとし、このため買受人名義、割賦金支払のための手形振出人名義、自動車登録上の使用者名義、強制保険契約上の契約者名義はいずれも被告森田とし、割賦金は被告会社において完済したが、右名義は事故当時まで被告森田のままであつたこと、被告会社は以前登記上の住所たる南千住で営業していだが、昭和四〇年頃被告森田の仲介で同被告の住所に近い江戸川区長島町に土地を購入し、以来現在まで同所で営業していること、右移転の頃以降被告会社代表者から被告森田に対し運送業を共同経営にしようとの申出があり、被告森田は結局共同経営の決意に至らなかつたが、一時はその気になつたことがあること、被告会社が昭和四一、二年間交通事故に基づく損害賠償債務を負担した際、被告森田はその賠償金二〇〇万円を被告会社に融資したこと、右融資および前記車両購入り頭金の融資につき、被告森田は弁済期および利息を定めず、現在に至るまでその弁済はなされていないこと、加害車を含む前記三台の車両につき被告森田は被告会社に対し再三に亘り任意保険に加入するよう指示し、本件事故後被告会社がこれに加入していないことを知つて叱責したことがいずれも認められ、被告会社代表者尋問の結果中右認定に反する部分(車両購入に関する融資および名義を被告森田とした事由に関する部分)は被告森田本人尋問の結果に照らし措信しない。
右事実により判断するに、被告森田は加害車購入の時点においてはなお被告会社代表者との運送業の共同経営の意思を留保していたものと推認することができ、このことと、右認定のように被告会社に対し一方的に信用を供与し、車両の名義人になつている関係において、被告森田は、加害車の運行につき、これを支配・管理することのできる立場(力関係)にありかつ社会通念上そうすべき責務がある立場に立つたものと評価すべきであつて、被告森田が前記三台の車両につき任意保険加入を促したのはその一つの現われとみるべきである。同被告が被告会社の経営に関し現実には介入しなかつたとしても、右支配的地位を左右するに足りないし、また後に同被告が共同経営の意思を放擲し、また車両の割賦金を被告会社が完済したとしても、被告会社に対する融資の回収が全くなされておらず、車両名義の残つたままの状態においては、同被告の右地位が未だ失なわれたものとみることはできない。
自賠法三条の趣旨に鑑み、右のような事情のあるときは、被告森田は加害車運行に対する支配を有するものとして、その運行供用者に当ると判断するのが相当である。
三(免責の成否)
<証拠>によると、本件事故現場は、南方葛西橋方面から北方浦安橋方面に通ずる車道幅員16.6米の舗装道路(以下甲道路という)に、西方から三角方面に通ずる幅員七米の未舗装道路(以下乙道路という)が丁字型に交わる交差点付近であり、本件事故は、甲道路を北進中の被害車と、乙道路から右交差点を右折して甲道路を南進するため右斜めに甲道路に進入した加害車との衝突事故であつて、衝突地点は、甲道路西側端から約四米内側、乙道路南側端延長線から約六米南寄りの地点であることが認められる。
そうすると、被害車が進行する甲道路は、加害車が進行してきた乙道路より明らかに広路であるから、両車がそのまま進行すれば接触する危険がある場合には、加害車において被害車に進路を譲らなければならない関係にあるところ、前出甲第一四号証中加害車が甲道路に進入しようとするとき被害車が右方一〇〇米先の地点にあつたとの訴外神里の指示説明部分は、原告本人尋問の結果中両車の位置関係および被害車の速度に関する供述部分に照らしにわかに採用するわけにはいかず、他に、加害車が甲道路に進入する際、客観的にみて訴外神里にとつて被害車との接触の危険を認識しえない状態にあつたと認めるに足りる証拠はない。
そうすると本件事故発生につき、加害車の運転者訴外神里に、被害車に進路を譲るべき注意を怠つた過失がなかつたとは到底認められないから、被告会社の免責の主張は理由がない。
四(損害)
<証拠>によると、原告は本件事故により、右藤部・左大腿・左足関節打撲、頭部打撲、歯牙破折の傷害を受け、この治療のため、事故当日から昭和四四年一〇月二七日まで二〇日間江戸川第一病院に入院し、同月二九日から昭和四五年七月三一日までの間一三回関東労災病院に通院して頭部打撲に基づく頭痛、めまいなどの治療を受け、また水口歯科医院に同年四月一四日から同月二五日まで三回通院して歯冠の補修をし、もつて治癒したことが認められる。
そしてこれにより原告が蒙つた損害額および賠償相当額は以下のとおり認められる。
(一) 治療費 金三二万一〇七一円
<証拠>により原告主張のとおりと認められる。
(二)雑費 金四〇〇〇円
その数額を具体的に確定すべき証拠はないが、前示のとおり、原告は二〇日間の入院治療を要したことが認められるところ、入院には一日につき少なくとも二〇〇円程度の雑費を要するのが通常であることは当裁判所に顕著であるから、本件においてもその程度の入院雑費を要したものと推認できる。
(三) 休業損害 金六五万円
<証拠>によれば、原告は本件事故前の昭和四四年五月から、明治石油株式会社と一ケ月一五万円の輸送代で、原告所有の被害車をもつて継続的に石油を輸送する契約を締結して、その輸送の仕事に従事していたこと、車の燃料費、維持費等として月三万五〇〇〇円程度を要したこと、被害車は明治石油の仕事を始めるに当り、同社が金三〇万円で割賦購入し、毎月三万円を下らない割賦金を同社に支払つていたことが認められ、右事実によれば、経費として燃料費、維持費等のほか被害車の減価償却をも考慮する必要があるので、原告の事故当時の月当りの純益は一〇万円程度と認めるのが相当である。
次に本件事故による原告の休業期間につき、<証拠>によれば、原告は退院後も頭部打撲に基づくめまいや頭痛のため自動車の運転ができず、また左足関節部の打撲に基づく歩行困難が残つて仲々労働力が回復しないため、昭和四五年三月までは全く仕事に就けず、同年四月からは知人の店の手伝いとして一日二〇〇〇円の給与で月間二〇日程度働くにとどまり、同年八月末頃正式に前記明治石油との契約が切れるまでその仕事に就かなかつたこと、退院直後関東労災病院で受診した際左足関節部に軽度の骨折があると指摘され手術を示唆されたものの、痛いので断つたのであるが、手術すればもつと早く労働能力が回復したかも知れないことがいずれも認められる。
右事情と前示受傷の程度および治療経過に照らし、本件事故と相当因果関係を肯認しうべき休業の程度として、事故後五ケ月間につき全部、その後関東労災病院での治療を終えた頃までの五ケ月間につき三〇%程度を認めるのが相当である。
そうすると本件事故と因果関係ある原告の休業損害は、左の算式のとおり金六五万円と認められる。
10万円×(1×5+0.3×5)=65万円
(四) 慰藉料 金二〇万円
前認定の事実および諸般の事情に照らし、右金額が相当である。
(五) 過失相殺
本件事故現場の状況、本件事故の態様および両車の接触地点は前第二項認定のとおりである。そして<証拠>によれば、原告は被害車を運転して甲道路を制限時速五〇粁をわずかに超えるくらいの速度で北進中、五〇ないし六〇米前方に、進路左側の前記乙道路から若干甲道路に頭を出した位置にある加害車を認めたが、自車進路が優先道路であるため当然に加害車が停止するものと考えそのまま進行したところ、意外にも加害車がそのまま進入してくるので警笛を吹鳴するとともに急制動の措置をとつたが及ばず、約一〇米弱のスリップ痕を残し、甲道路の西側車線のほぼ中央の前第三項認定の地点で、自車右前部を加害車右側前部に衝突させたことが認められる。そして、右スリップ痕の長さと接触地点から考えて、原告が急制動措置を採つた地点は、空走距離を考慮に入れても、交差点から三〇米に満たない位置と推認される。
なお甲第一四号証中加害車が甲道路に進入しようとする際被害車がその右方一〇〇米前方の地点にあつたとする訴外神里の指示説明部分が採用しえないことは前示のとおりであり、また被告会社代表者の供述中加害車が甲道路進入に当り一旦停止したとする部分は、それが伝聞によるものであることと原告本人尋問の結果に照らし採用しない。
右認定の事実により判断すると、原告としては、甲道路で乙道路に比し明らかに広い優先道路であるとはいえ、現に甲道路に進入しようとの態勢にある加害車を認めた以上は、速かに減速しつつ引き続きその動静に注意し、加害車が停止しない動きを示したときには直ちに急制動の措置を採つて事故の発生を未然に防止すべきところ、自車進路が優先道路であることに気を許し、減速および急制動の措置に出るのが若干遅れた点に過失があるものといわなければならない。
よつて本件賠償額の算定に当りこれを斟酌すべきであるが右認定の甲、乙両道路状況の対比および右認定事実から窺われる加害車の運転者訴外神里の過失の程度との対比において、その減額の割合は略一五%程度にとどめるのが相当である。
そして以上(一)ないし(四)の損害合計は一一七万五〇七一円となるから、右過失相殺により賠償額を一〇〇万円に減額する。
(六) 填補
原告が本件事故に基づき自賠責保険金五〇万円を受領したことはその自陳するところであるから、これを右賠償額から控除する。
(七) 弁護士費用 金六万円
以上により原告は被告ら各自に対し、金五〇万円の損害賠償請求をなしうべきところ、<証拠>によれば、原告は、被告らが任意に弁済しないため原告訴訟代理人に訴訟提起を委任し、その着手金として五万円を支払い、なお報酬として金一八万円の支払いを約したと認められるところ、右認容額、本件訴訟の経過に照らし、このうち本件事故に基づく損害として被告らに賠償を求めうべき金額は、六万円をもつて相当と認める。
五(結論)
以上の次第であるから、被告らは各自原告に対し、金五六万円とこれに対する訴状送達の翌日であること訴訟上明らかな、被告会社において昭和四六年一月二九日以降、被告森田において同月二一日以降、各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをなすべき義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(浜崎恭生)